実家へ帰ったときのこと①

週末、実家に帰りました。帰ると言っても同じ市内です。

以下、明るくない話題です。家族を悪く言っています。読みたくない方はこのまま戻ることを切にオススメします。
しかも長くなるので次の記事と分けようと思います。


3年前に亡くなった愛犬のお骨を埋めに行きました。火葬したあと、骨はすべて実家に持って帰り、写真や水を供えていたりしたのですが、
ちょうど今月が亡くなった月でもあったので、
一番世話をしていた母と私で相談し実家の庭に埋めることにしました。
結果的に予定通り行いましたが、ここでは同じく実家に戻っていた姉(既婚。2児の母)とその件で揉めたこと、そして次の記事では彼女の息子のことを書こうと思います。

私が母と相談したのは土葬の2日前でした。
姉は、土葬の前日の夕方に母から連絡をもらって知ったそうで(それより前に実家には来ていたはずですが)、だいたい「まだ埋めないでほしい。さびしいから」というようなことを私に言いました。
ふつうだったら、その場で全員の心の整理がつくような日取りを相談すればいい話なのでしょう。
でも私は「この人は何を言ってるんだろう」と思いました。なぜなら私は、愛犬が生きていた17年間、彼女が食事、トイレ、散歩、いずれも継続的に世話をしてきた姿をほぼ見たことがないからです。
愛犬はトイレを覚えるのが苦手で、1日に何度も定期的に外に出す必要がありました。姉が結婚する前、実家に住んでいたとき、私が外に出したか聞くとたいていはやっていませんでした。そのくせ粗相をすると「バカ犬」と言いました。
「確かにあんたが一番世話をしてきたかもしれないけど、私だってかわいがっていたんだ」と姉は言いました。

愛犬のお骨は缶に入っているけど、たまに帰ってきたときに見るとその缶には埃がかぶっていることがよくありました。だから土葬をするべきだと思ったのです。この子をこれ以上飼い主の都合に付き合わせてはいけないと思ったから。

彼女の言い分は、介護にいっさいノータッチなのに葬式で号泣する親戚のようなものです。
祖父が亡くなったとき、「1カ月前まであんなに元気だったのにね」と言った人がいましたが、それはその人が1カ月前にしか来ていないからです。見舞いや介護にひんぱんに訪れている人は、弱っていく姿を目の当たりにしているのです。

次の日の朝、愛犬を無事土葬することができました。姉は、そこに木を植えたらいいのではないかと言いました。それはいい考えだと思いました。

でも思うのは、私はやはり姉を人間的に信頼できない、好きではないということです。

続きます。